どんな人に育てたいのか

移動中の電車内で、
どうにも気になる会話が耳に入ってきました。
私の座っている席の直ぐ横に、
後から乗り込んで来た二人の若い女性の会話です。

Aさん
「…私は、もう、そういう時は帰っちゃうのよ。
 忘れものしたとか、ちゃんと話を聞けないとか、
 一人でもそんな子がいたら、すぐに。
 これは一番効き目があるんだ」

Bさん
「なかなか、きびしいんだね」

Aさん
「厳しくなんてないって。
 できて当然のことができないんだから、
 あの子たちのためにも、
 全員ができて当たり前ということを、
 わからせなければだめ。
 実際に、このやり方を繰り返してきて、
 みな段々とできるようになってきたの」

話ぶりから推測すると、
どうやら、一方は小学校の先生のようでした。
生徒が忘れ物をしたり、
授業態度が悪かったりしたら
職員室に帰っちゃうという教育的指導(?)について
語っていたわけです。

Aさん
「例えば、一人でも体操着を忘れたら、
 体育はやらずに他の教科をやるの」

Bさん「え?他のクラスの子とかに借りてもだめなの?」

Aさん「だめ!」

Bさん
「でも、毎回忘れ物せずにちゃんとしている子は、
 なんだか、かわいそうなんじゃないの?」

(私もそう思う…理不尽なんでは?)

Aさん
「私は、最初にそうするからと子どもたちに宣言している。
 連帯責任。それでクラスが一つになっていけるの。
 お互いに気をつけ合うし、しっかりした子の中には、
 周囲の子に忘れないように働きかける子もいる」

(そ…それって、拘束しあってるだけなんじゃ…
 一つになっているのかは疑問だなぁ…)

tanuki

さて、組織を統率する方法、
また人材を育成する方法って、
様々あるかと思いますが、
「連帯責任を取らせる」
というやり方について、
あらためて考えてみました。

まず、自分が学生の時も、
よくこう憤りたくなる場面がありました。

(連帯責任って、おかしいじゃん!
 真面目にやっている人が馬鹿みるだけ。
 そのうえ、確信犯的にルールを破る当の本人は、
 何も堪えてないみたいだし!意味ねぇ~!!)

また、子を持つ親としても、
以前子どもからこんな話をきいて、
おいおい、大丈夫?先生?と、
心配になったこともあります。

「今日は、授業中にふざけた子がいて、
 お説教で授業2時間つぶれた」

「使い方のルールを守らない子が一人出て、
 〇〇を学校に持ってくのが禁止になった」

“なんか、おかしくないか?”
そう違和感を持つ理由は、
大きく分けて二つあるのだと思います。

1.目先の効果しかないのではないかという疑問からくる違和感。
  連帯罰を受けたくなくて
  模範的な行動をとっているだけとすれば、
  本人にとってなにもプラスにならないのではないか。

2.学校としては(もしくは教師個人としては)
  生徒をどんな人に育てたくて、
  そのような教育方法をとっているのかが疑問。

特に 2. については、重要と考えます。
連帯責任を-という方法は、
旧来型の日本のサラリーマンとして、
組織の中でうまくやっていける人を育てるのが目標なら、
もしかしたら有効といえるのかもしれません。

しかしその前に、
件の先生が確たる人材育成のゴールも描かずに、
単に組織運営をしやすくするためのテクニックとして、
実施されていないことを願うばかりです。

ところで、企業の人材育成でも、
同じことがいえると思います。

“将来こういう人材に育てたい”
という中長期の目標なしに、
場当たり的に社内教育や指導を実施しても、
本人はもちろん、企業の将来ためにも
ならないのではないでしょうか?

まあ、こんな偉そうなことを書きましたが、
実はつい先日、思春期の我が子と言い争って、
次のように思ったけれど素直に言えなかった未熟者の私。

(子どもの方が、人との比較では無くて、
 自分なりの将来のあるべき姿を描けているのかも)

反省、反省、です。
でも、件の先生のやり方には、
どうも納得できないんですよね~。
皆さんは、どう思われますか?


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